初詣の風景で、お参りに列を作る人に‘?‘だった私だが、あらためて自分が信仰心を持たず科学的思考法を信奉していること、つまり科学的な思考を信仰しているのだと、感じる。
当たり前に、「初詣どこにいった」的話題がにがてだが。
「祈るところに必ず霊験あり」ということを信じること。そして祈りの対象、神、仏、先祖、自然の造形物‥ ではなく、信仰を信じること。
敵対的立場をとることによって、霊験、証明できないことを科学的に証明するということにコストを消費する人もいるけど、霊験の存在を認めつつ霊験が、超自然つまり信仰の対象と考えない。
語りえぬものについては、沈黙せねばならない ヴィトゲンシュタイン
Saturday, February 23, 2008
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