以前、初詣をするものだと思っていた頃、明治神宮にいくのが億劫で息子を自転車にのせ、市内の神社で済ませようかと思って正月二日か三日に行ってみたことがある。人はいなかった。暖をとるため注連飾りの消えかけの焚き火があったような気がするけど、普段と変わらない様子だった。
多分、街の西側の人の利用する神社。初めて、元日の昼過ぎに着てみたのだが、道路に面した鳥居から、100メートルぐらいの本殿まで列になって参拝を待っている人々がいた。一時間ぐらい並べば、拝礼できるのだろうか。なぜ並んでいるのか、以前がどうであったか知らないので、お行儀よく並ぶのが、整列参拝が例年のことか、最近の流行なのかは判断できない。初詣といことで、宗教的な儀式の中では、礼節を守るものなのだろうか。かれらは。
費用対効果で、精神的な部分が図れない宗教的な出費。お賽銭や、破魔矢なの神事具は、自分を基準にして人の性向を判断できない。そんな、善人の列にはてなマークを頭上に掲げ、東の神社も見学しようと思った。
街を南北に分けていた私鉄、今は高架になり数年踏切がなくなり街を分割してはいないが、線路の向こう側という意識は残っている。東へは駅を通るのだが、駅前に割りと大き目のお寺がある。120年位前は神社と寺が同居してたので、初詣として寺にも参詣してたのだろうと想像して、よってみる。
鐘楼が境内の真ん中にある。垂直に近い階段がフリーで、参拝の人々が好き勝手に鐘付いていた。




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