「問われる実効性 温室効果ガス排出量 数字合わせの指摘も 」という記事のたいとる。新聞ではなくネットの記事だから見出しと呼ぶやら呼ばないやら。
私の気になるのは、あえて無責任と呼ぶのは、指摘する人間とその指摘する立場があるということもしくはその立場に対してだ。京都議定書の実施に付き批准内容を遵守するのは難しいだろうとの違憲の報道もあるが、決定へのプロセスが政府任せ、その政府は強力な圧力団体財界により、実効性のあるプランが出せない構造である。そういうなかで検討している。
記事の最後に「政府には求められる。」だれの意見か。
わたしは、身近な話題として、パースペクティブな活動の場を模索している身として、自発的に場を作れないながらも、単なる批判する立場からレベルアップしたいが、マスコミは自分だけが正しい場にいて傍観しているスタイルと決め込んでいるなら客観的な事実だけを伝える機関としてだけあれば良い。
Saturday, December 22, 2007
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