Thursday, November 22, 2007

中国の洋服、アフリカのチョコ、南米のコーヒー


これらを輸送するさいに排出される地球温暖化ガス。

国単位で考えることなのかは、わからないけど、海でも、陸路でも先に遠くまでいける交通手段、輸送手段を手に入れて、地球規模で生産消費する仕組み、構造で今の社会が成り立ている。


僕の飲むコーヒーが、食べるチョコレートが、着る服がどのような経緯で僕の手元にあるのか。少なくとも、消費する僕がいる限り、どこかの生産活動が、交易が、過度に地球環境を破壊しているということは、地球温暖化防止を叫ぶまえに語るべきこと。

Saturday, November 17, 2007

羊羹、豆大福、かぼちゃ饅頭

寒いとか暑いとか、言ってもしょうがないけど、だんだん寒くなる。

ポタリングにマフラーは大げさかと思ったら、首喉元から入る風。マフラーも必須。

妻曰く、「ご飯食べたら、羊羹買って来て」と。以前自分が行ってきた西河製菓店。
おばちゃんに、クレームの話し聞いてこいとのことだが。

砧の通りの裏を右左のポタリングコース。羊羹は売り切れかもとのことで、お店に直行。
付近で遊歩道に右折。同じ方向に向かう人。二子玉川の駅に向かってる。なので、知らない道だけどお店が近いこと確信。で、商店街とクロスしたので、左折、したらその角が羊羹。間口がないというか、道路に面してショウケース。販売しているのはそのガラスケースの中身が全部?

切り餅とか、おはぎもあるし。お団子、どら焼きなども。
羊羹と、評判の(こないだ調べたら、何人かのブログに載せられてた)豆大福。
妻は、前に来たときかぼちゃ饅頭がきになってたようなので、それも。

で、餡団子一本、買い食い立ち食い。

自 転車に乗って立ち去ろうとしたら、工事の交通整理しているおじちゃんに何か声かけれらた。チェーンロックしたまま(でも走れる)のこと云われたのかとタイ ヤみたら空気が少なくなってるようだし、ぐらぐらする。高島屋の駐車場の一方通行逆行して、車用のでこぼこの舗装、荒いブロック。タイヤのぐらぐらが気に なって、寄り道しないで、帰宅。

Monday, November 12, 2007

市民祭り


今年で何回目だろう、気がついたら毎年市民祭りを楽しんでいる。

コマレンジャーは、禁煙マナーのティッシュ配り。

友好姉妹都市、新潟川口町のお酒、山菜、野菜、甘酒。
伊豆の干物、会津のそば、いろんなお菓子。

一昨日からの雨も朝までにはあがったけれど、一小のグランドは、ぬかるんでで、模擬店やステージ、植木市なんか、落ち着いてみる気はしなかったが、今年もいろいろ仕入れて、帰ってからつまんだり、感想を言い合った11月の日曜日。

Saturday, November 10, 2007

家の中で、時間のすごし方。


雨が降ってます。昨日の夜から。

パジャマのまま過ごそうと思ってたけど、寒いので服を着ることにした。寒い。

じゃじゃ馬億万長者THE BEVERLY HILLBILLIESがあたまをよぎり、YouTubeで第一話、第二話を見ました。

先週、日曜の夜の仕事で、「風林火山」見れなかったので、再放送。おきてからPCいじりっぱなしだし、読みかけグインや、昨日届いた「Life」。しまってたストーブ、寝る部屋に布団こそ敷かず、毛布の上で横になって。寝てしまった。

Monday, November 5, 2007

国産大豆の豆腐って

買い物行かなくっちゃ、と独り言。米が無いと独り言。

なので重い米は、私が後で買いに行くといったら、それ以外の買い物も頼まれちゃった。
買うものリストメモ見ながら。
豆腐、木綿と書いてあるので、大きすぎず、小分けにしてるものでもなく選んだ。

で、買って帰って妻曰く、やっぱり国産じゃない。とのこと。いまどき原料が国産かどうかが、食品の選択の基準なのね。

いまどき、食の安全、とは言われているけど、不当表示の事件が相次ぐ中、不当表示で事故はおきてない、とおもう。
国産じゃないとして、海外の基準で安全じゃないと判断するのではなく、単に気持ち悪いからというのが、妻の本音。国内製品だって、表示が正当でないもの、おおよそ使用目的がわからない片仮名の物質、あんこは、小豆とざら目と砂糖以外の原料は不要と思うけど、それ以外のものも入ってるし。その不要のものが人体に及ぼす影響まで、本当は気にしなければいけないはずだけど。



っま、妻がそう思うなら今度からお使いのときはせめて、中国製は選ばないように気をつける。

ボタン

Friday, November 2, 2007

ネーションの外

外国人労働者という言葉があるが、賃金の安さ、労働力の確保という点で、増加する傾向にあるのだろうし、私自身の体験も増えるであろう。

外国人が職場で大小のトラブルの渦中にあれば、その局面で語られるのは、言葉が通じないとか、習慣の違いで、問題があるとすればそこに起因するように語るのだろうか。直接そのようなことを聞かないので私の発想の前提だけなのが。テレビで、笑いものにされる外国人・タレントを見てのステロタイプな見識だとは思うけど。

家族、共同体が歴史的に解体していき、その役割を国家、ネーションが担うとする。質的に均等な労働力、国民を作るため国家は、制度として教育制度を持っている。いわゆる、読み書きそろばんの寺子屋では、共同体で常識とされる知識を教育してきたわけだし、今も国内の労働力として、基本的知識は国家の方針を反映した教育機関により生産される。

なので、それぞれの国内では、合意されて労働者のスキルがうまれる。そのような労働者が、国外で就労することで、何が露見するのか。

世界国家、グローバル化という話題が言及しないが、私自身の経験で、考察したい。