左儀長という儀式。わたしの故郷では、今でも「どんど焼き」と読んでおこなわれているのだろうか。
神道が我が家で宗教であり、信奉しているとは考えない。実家では神棚があり灯明をたて、札を貼り、ある機会にそのまえで拍手をうつので宗教かもしれない。ある機会とは、いまでは、元旦の朝しか思い出せないが、他の機会もあったような気がする。
わたしといえば、初詣に合理性が感じられないので、この数年おこなっていない。となると、神社との縁もまったくなくなり神道に対する思考も希薄なものになる。
もちろん、宗教的儀式を神道によってのみおこなう氏族もあるだろうが、それこそ絶滅のおそれのある文化として保護すべきだろう。現代では、宗教として出なく初詣や、学問、縁結び、安産、厄除けなどの、利己心の充足のためだけの存在価値だろうか。巫女の舞台としての存在意義は尊重する必要がある。
そころで、「左儀長」だが、この歳になって、初めて知った。どんど焼きが神社でおこなわれてたから、神道のものなのだろうか。燃やすべきお札や正月飾りがないので、ゆかりのない儀式であるが、手間を惜しまずそんな儀式をおこなっていた時代がこの国にはあった。
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